東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)141号 判決 1984年8月10日
東京都板橋区高島平九丁目二番二〇―五〇六号
原告
橋村淳
右訴訟代理人弁護士
早瀬川武
東京都板橋区大山東町三五―一
被告
板橋税務署長
宮下猛雄
右指定代理人
遠藤きみ
同
佐藤昭雄
同
鈴木司郎
同
吉岡旻
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し昭和五六年七月七日付でした原告の昭和五四年分所得税についての更正(但し分離長期譲渡所得に係るものについては所得金額四六万三九〇〇円を超える部分)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告が昭和五四年分所得税についてした確定申告、これに対して被告がした更正、原告のした異議申立てとこれに対する決定及び原告のした国税不服審判所長に対する審査請求とこれに対する裁決の経緯及び内容は別表記載のとおりである。
2 しかしながら被告のした更正には、譲渡所得の帰属時期の認定を誤り、かつ後記のとおり所得税法六四条二項、一項を適用しなかつた違法がある。
よつて原告は右更正の取消しを求める。
二 請求原因事実に対する認否
請求原因1の事実は認め、同2は争う。
三 被告の主張
1 被告が認定した原告の昭和五四年分各種所得の金額は次のとおりである。
(一) 総所得(給与所得)金額 八八万〇八〇〇円
(二) 分離課税の短期譲渡所得金額 三六七万〇六〇〇円
右金額は次の(1)から(2)及び(3)を控除したものである。
(1) 収入金額 一七七八万六八〇〇円
右金額は別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載の建物(以下「本件建物」といい、以下本件土地及び本件建物をあわせて「本件資産」という。)の譲渡に伴い原告が明和地所建設株式会社(以下「明和地所」という。)から受領した譲渡代金二五〇二万三六〇〇円のうち、分離短期譲渡所得の計算上の収入金額として原告が昭和五五年分所得税確定申告書(以下「本件申告書」という。)に記載したものである。
(2) 取得費 一三〇五万円
右金額は分離短期譲渡所得の計算上の取得費として原告が本件申告書に記載したもののうち訴外中村久夫に対する借入金利子を除くその余の分である。
(3) 譲渡費用 一〇六万六二〇〇円
右金額は本件申告書記載の中村に対する支払仲介料一五〇万円のうち分離短期譲渡所得の計算上の額に対応するものである。
(三) 分離課税の長期譲渡所得金額 六九〇万五〇六〇円
右金額は次の(1)及び(2)の合計額である。
(1) 本件資産の譲渡に伴う所得金額 六四四万一一六〇円
右金額は次のアからイ及びウを控除したものである。
ア 収入金額 七二三万六八〇〇円
右金額は本件資産の譲渡に伴い原告が明和地所から受領した前記譲渡代金のうち、分離長期譲渡所得の計算上の収入金額として原告が本件申告書に記載したものである。
イ 取得費 三六万一八四〇円
右金額は分離長期譲渡所得の計算上の取得費として原告が本件申告書に記載したものである。
ウ 譲渡費用 四三万三八〇〇円
右金額は(二)(3)記載の中村に対する支払仲介料のうち分離長期譲渡所得の計算上の額に対応するものである。
(2) 本件資産以外の資産の譲渡に係る所得金額 四六万三九〇〇円
2 原告は昭和五四年一二月一〇日本件資産を本件建物の建築請負業者であった明和地所に二五〇二万三六〇〇円で売り渡す旨の契約をし、同日所有権移転登記手続に必要な本件資産の各登記済権利証並びに原告及び本件土地の登記簿上の共有名義人であつた原告の実弟橋村亘の印鑑証明書等関係書類を明和地所に交付して本件資産の引渡しをした。
3 明和地所は右契約に先立つ同年六月六日訴外松井健二に本件資産を売渡す契約をしており、これに基づいて同年一二月一二日同人に本件資産を引渡し、同日原告及び橋村亘名義から右松井名義への中間省略による所有権移転登記が経由され、右松井は同月二六日ころ家族と共に本件建物に入居した。
4 本件資産の売買代金の支払いは、当初二〇〇万円の手附金が交付され(その交付の日は原告主張の同年一二月一〇日ではなく、同年七月二四日である。)、昭和五五年二月一日に残代金と本件建物建築請負代金一〇五五万円とを相殺し、その残額一二四七万三六〇〇円が原告に交付されるという経過でなされたものの、右2及び3の事実によれば原告が本件資産を明和地所に引き渡したのは昭和五四年中であることが明らかである(なお原告の代理人中村久夫は明和地所の専務取締役木部賢一に依頼して本件資産の売買契約書に「前三条に係りなく引渡は最終残代金受渡しの日とす。」旨の文言を記載してもらつたことはあるが、これがなされたのは引渡しのなされた後の昭和五五年二月四日の少し前であつて、右契約締結時には右に記載のような合意は存在しなかった。)。よつて本件資産の譲渡に伴う所得の帰属する年分は昭和五四年であるところ、原告はこれを昭和五五年であるとして本件申告書を提出したので被告はこれを更正したものである。
四 被告主張事実に対する認否及び原告の主張
1 被告の主張1のうち(一)、(三)(2)の各所得金額は認め、同1(二)(1)ないし(3)及び(三)(1)アないしウの金額については、これが原告に発生したことは認めるが、その帰属年分は昭和五四年ではなく昭和五五年である。
2 同2のうち原告が昭和五四年一二月一〇日明和地所に対し本件資産を引渡したとの点を否認し、その余は認める。
3 同3のうち本件資産について昭和五四年一二月一二日付で原告らから松井健二への所有権移転登記手続がなされていることは認め、その余は不知。
4 同4のうち本件資産の売買代金の支払いの経過(但し手附金二〇〇万円は同月一〇日に支払われたものである。)、原告の代理人中村久夫が木部に依頼して被告主張の文言を契約書に記載させたこと及び原告が被告主張のような本件申告書を提出したことは認め、その余は争う。本件資産の売買契約を締結した原告の代理人中村久夫は契約の日である同月一〇日に手附金を受領し、残代金は昭和五五年二月一日に本件資産の引渡しと引換えに受領する旨約した。
しかるに右昭和五四年一二月一〇日ころ明和地所の木部から住宅ローン設定のため所有権移転登記手続だけを先にして欲しい旨要請されたので、右中村は同日特に引渡しは最終代金受渡しの日とすることを確認し、その旨契約書に記載してもらってこれに応じ、現実に昭和五五年二月一日約定どおり残代金を決済するのと引換えに本件資産が引き渡されたのである。したがつて、本件資産の譲渡所得の帰属する年分は昭和五五年である。
5 原告の知人訴外池藤博経営にかかる有限会社藤建築(以下「藤建築」という。)は経営が悪化したため前記中村久夫に融資を要請したが、同人は自らが経営に関与する株式会社総美光が藤建築に対して有するビル建築請負代金債務約二〇〇〇万円を、ビルの雨漏り等の瑕疵を理由に支払つていないことから右融資に応ずると将来紛争が生ずるおそれがあるのでこれを断つた。しかし池藤に同情した原告やその母七穂から自分らが保証しても良い旨の申し出を受けたので、これに応ずることとし、前記の経緯を考慮して貸主の名義を原告及び七穂とすることとした。そこで中村は昭和四八年一〇月五日二〇〇万円を、同年一二月五日一〇〇万円をいずれも利息年一割、弁済期を昭和四九年三月五日として原告及び七穂名義で藤建築に貸付け、藤建築は右各額面の約束手形二通を振出して原告はこれに裏書保証をした。
6 藤建築の右債務は昭和四八年一二月一八日に右池藤の主宰する株式会社藤建設(以下「藤建設」という。)に引受けられたが、その支払いがなされないまま藤建設は昭和四九年四月二〇日銀行取引停止処分を受け、事実上倒産した。そこで原告は右中村から一五〇万円を借り受け、七穂名義で藤建設の破産宣告の申立をする等保証債務の義務履行を免れるため努力したが、債務が全く回収できなかつたため、本件資産の譲渡をし、昭和五五年二月初旬その譲渡代金から三〇〇万円及びこれに対する利息一八一万四〇〇〇円を中村に代位弁済し、かつ右借入金一五〇万円を同人に弁済したのである。原告は昭和四八年一二月一八日に藤建設から二〇万円を受領しているので、これを控除した六一一万四〇〇〇円は、保証債務の履行のため資産の譲渡をした場合に、その履行に伴う求償権を行使することができないこととなつたときのその行使することができないこととなつた金額に該当するから、所得税法六四条二項、一項を適用すべきである。そこで、原告はその旨を記載した昭和五五年分所得税修正申告書を提出したから、これを適用しなかった本件更正は違法である。
五 原告主張事実に対する被告の認否
1 原告の主張5のうち原告及び母七穂の名義で藤建築に対し、その主張の条件、金額で融資がなされたことは認めるが、右融資の貸主は中村で原告らは単なる保証人に過ぎないとの点は否認する。その余の5記載の事実は不知。
2 同6のうち原告の昭和五五年分所得税修正申告書には所得税法六四条の適用が記載されていたことは認め、その余の事実は不知。
原告主張の三〇〇万円及び一八一万四〇〇〇円の支払いの法的性格が代位弁済であるとの主張は争う。
藤建築に三〇〇万円の融資を行つたのは原告とその母の七穂なのであるから、原告が中村に対してその保証をすることなどおよそあり得ようはずはなく、本件では原告主張の保証債務の存在自体認められないものである。
3 保証債務の特例規定の適用を受けるためには、その年分の所得税の確定申告書に、右規定の適用を受ける旨その他大蔵省令で定める事項の記載を要する(所得税法六四条三項)ところ、原告はその昭和五四年分の所得税の確定申告書に右の記載をしていないのであるから、この点においても右特例規定の適用は認められない。
第三証拠
当事者双方の証拠の提出、認否及び援用は本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。
二 被告が認定した原告の昭和五四年分各種所得の金額のうち総所得(給与所得)金額八八万〇八〇〇円及び分離課税の長期譲渡所得金額中本件資産以外の資産の譲渡に係る所得金額四六万三九〇〇円については当事者間に争いがなく、本件資産の譲渡にかかる被告主張1(二)(1)ないし(3)及び(三)(1)アないしウの金額が原告に発生したことは当事者間に争いがないが、右金額により計算される所得金額の帰属年分について被告の昭和五四年分とする主張に対し原告はこれを昭和五五年分と主張するので、以下この点について判断する。
原告が昭和五四年一二月一〇日本件資産を本件建物の建築請負業者であつた明和地所に二五〇二万三六〇〇円で売り渡す旨の契約をし、同日所有権移転登記手続に必要な本件資産の登記済権利証並びに原告及び本件土地の登記簿上の共有名義人であつた原告の実弟橋村亘の印鑑証明書等関係書類を明和地所に交付したこと、本件資産について昭和五四年一二月一二日付で原告及び橋村亘から松井健二への所有権移転登記手続がなされていること、本件資産の売買代金は、当初二〇〇万円が手附金として交付され(その交付の日については争いがある。)昭和五五年二月一日に残代金と本件建物建築請負代金一〇五五万円とを相殺し、その残額一二四七万三六〇〇円が原告に交付されたこと並びに原告の代理人中村久夫が明和地所の専務取締役木部賢一に依頼して本件資産の売買契約書に「前三条に係りなく引渡は最終残代金受渡しの日とする。」旨の文言を記載してもらつたことは当事者間に争いがない。原本の存在及び成立につき争いのない乙第四号証、証人木部賢一の証言により真正に成立したと認めうる乙第一号証、第二号証、証人吉岡旻の証言により真正に成立したと認めうる乙第三号証及び証人木部賢一の証言によれば、本件建物は明和地所が建設したのでその鍵は明和地所が終始保管しており、昭和五四年一二月一二日までには明和地所から松井健二に対して引き渡され、松井は同月中に家族とともに本件建物に入居したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右各事実によれば、本件資産については、その登記簿上の所有者名義も、占有も、昭和五四年中に新所有者に移転しているのであるから、原告から明和地所への引渡しは同年中に完了していることが明らかである。本件資産の売買契約書に記載されている「前三条に係りなく引渡しは最終代金受渡しの日とする。」旨の文言については、所有名義と占有の移転が行われながらなお引渡しが残るということは通常ありえないことと考えられるが、仮にそのような場合がありうるとしても、前掲乙第二号証及び証人木部賢一の証言によれば、右文言は既に松井健二への所有名義及び占有の移転が行われた後になつて中村久夫の要請により書き加えられたものであることが認められ、右認定に反する証人中村久夫の証言は措信することができない。右認定事実によれば、既に所有名義や占有の移転が行われた後になつてかかる合意をしても引渡しが残存することになるものではないから、右文言の存在は前記判断の妨げとなるものではない。
そうすると、原告が本件資産を明和地所に引き渡したのは昭和五四年中であるというべきであるから、本件資産の譲渡に伴う所得の帰属する年分は昭和五四年であることが明らかである。
三 次に原告は本件資産の譲渡所得については所得税法六四条二項、一項を適用すべきであるのに、被告がこれを適用しなかつたのは違法であると主張するから、この点について判断する。
原告及びその母橋村七穂の名義で藤建築に対し昭和四八年一〇月五日金二〇〇万円を、同年一二月五日金一〇〇万円をいずれも利息年一割、弁済期を昭和四九年三月五日として貸付けたことは当事者間に争いがないところ、証人中村久夫は、右消費貸借の実際の貸主は自分であつて、原告と七穂は保証人となつたに過ぎず、その後、藤建築の債務を承継した藤建設が倒産したので、原告は同証人に対し右合計額の保証債務を負うに至つたから本件資産の譲渡代金からその返済を受けた旨原告主張に副う証言をしている。しかしながら右証言には、原告が藤建築に対して自ら融資をするつもりであつたと述べたり、そのつもりはなかつたと述べたりするなど前後に食い違う点が多く、かつ、原本の存在及び官公署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については同証人の証言により真正に成立したと認める甲第一三号証の一の同証人の供述記載とも矛盾する点があるうえ、原告が同証人に対する藤建築の債務につき何故同証人に保証しなければならないのかという点、同証人は原告から六〇〇万円の資金を預託され、これを後に原告に返還したというのに何故その時点でその主張にかかる保証債務の決済をしなかつたのかという点など納得できない不合理な点が多々存し、右甲第一三号証の一の供述記載ともども到底これを措信しうるものとはいえない。
甲第八号証の一、二は、仮にこれが真正に成立したものであるとしても、原告及び七穂が自ら藤建築に融資するために同証人から金員を借受けたという趣旨以上に出るものではなく、原告主張のような保証債務を負ったことを証するものとはいえない。他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
のみならず、原告が所得税の確定申告書に保証債務の特例規定の適用を受ける旨記載したのは昭和五五年分所得税修正申告書であつて(右の事実は当事者間に争いがない。)、同五四年分の確定申告書に右規定の適用を受ける旨その他大蔵省令で定める事項を記載したこと(所得税法六四条三項参照)につき主張・立証はない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく本件資産の譲渡については所得税法六四条二項、一項を適用する由はなくこれをしなかつた被告の処分に違法はないことに帰する。
四 以上の理由により被告が原告の昭和五四年度分所得税についてした更正に違法はなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 中込秀樹 裁判官 金子順一)
別表 本件各課税処分の経過
<省略>
物件目録
一 大宮市大字南中丸字堀之内七参四番五壱
宅地 壱四九・五弐平方メートル
二 同所七参四番地五壱
家屋番号七参四番五壱
居宅 木造スレート葺弐階建
壱階 五七・九六平方メートル
弐階 四四・七壱平方メートル